博士課程に進学します。

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こんにちは

今回はタイトルのとおり、私が博士後期課程進学を決意したことについて、書こうと思います。記事自体は数分で読める内容だと思いますが、この決断を下すまでかなりの時間を要しました。この結論が出るまでの道筋や考えをまとめて残しておきたいという思いで執筆します。

論理は情熱にはかなわない

これは東大卒プロゲーマー”ときど”さんの書籍に登場したフレーズです。

 

ときどさんは東大卒というキャリアを持ち、一時期公務員を目指した時期もあったものの、ゲーマーへの道を志し、現在プロゲーマーとして大活躍されている方です。

文中に繰り返し登場し、サブタイトルにもなっているこのフレーズ。

“論理は、結局、情熱にはかなわない”

僕はこの言葉に背中を押されました。

インターンのエントリーや本選考が始まり、将来なにをしたいのか?何になりたいのか?考えた時、すでに心の中に答えは出ていました。

 

僕は研究者として学問を極めたかったんです。

いくらニッチが狭くても、この道では世界の誰よりも詳しいんだと胸を張れるようになりたい。世界でまだ誰も目の当たりにしていない現象を目の当たりにしたい。
こんな便利な世の中を作ってきた、”博士”の一人になりたい。

 

論理的に考えれば、選ぶべきは就職一択です。

まず国立理系の修士卒の就職は正直かなり良いです。名だたる企業への推薦公募があります。

給料もきっと良いでしょう。進学か就職かで3年間で軽く1000万くらいの差が出ると思います。

 

でも、いくら就職のメリットが大きくても、結局、自分の心には嘘をつけませんでした。

 

学振DC1が見えてきた

情熱的なことを書きましたが、現実的な問題として学費や生活費といった経済面での課題はあります。

両親は博士後期課程進学に関して反対はしないでしょうが、僕としてはこれ以上仕送りに頼るのは申し訳ないという気持ちがあります。

そんな博士後期課程進学者のために、世の中には様々な奨学金がありますが、特に有名なものとして、日本学術振興会による「特別研究員制度」というものがあります。

特別研究員制度は、我が国の優れた若手研究者に対して、自由な発想のもとに主体的に研究課題等を選びながら研究に専念する機会を与え、研究者の養成・確保を図る制度です。
引用元 : 日本学術振興会

大学院に進学していればどこかで聞いたことあると思いますが、いわゆるDC1、DC2、PDと呼ばれるものです。

これに採用されると、博士課程3年間の間、月20万円の生活費と年間最大150万円の研究費を支給していただくことができます。非常にありがたい制度です。

しかしながら、これらの特別研究員への採用は狭き門となっています。

採択率は20%ほどなので、5人に1人しか、この特別研究員になることはできません。

応募には、これまでの研究や今後の研究計画、これまでの業績などを記載した申請書を作成する必要があります。いわゆるESのようなものです。

審査員はこれらの申請書をみて、申請者の素養や将来性を判断し、採用不採用を決めます。

僕は現在M1なので、来年度DC1へ申請することになりますが、調べる限り、特に「これまでの業績」が重要なようです。

なぜなら、DC1への申請はM2の春なので、あまり業績がない人が多く、DC1申請時点で業績が多い場合(特に査読付き論文)、他の申請者と差をつけることができるためです。

もちろん研究計画も大事ですが、それらは申請書を書く中で、指導教員と入念に相談を重ねて、詰めていけば自ずと完成度が高まっていきます。

一方で、業績自体は申請書を書く期間でどうこうできるものではないので、普段からしっかり研究を進めておく必要があります。

かくいう僕の業績は現在(2020/12/30)時点で、

・国内発表2件(査読なし)
・国際会議(査読あり)1件

で、これにプラスして査読付き論文の採択を目指している状況です。

もう査読結果は帰ってきて、採択にはならなかったもの、なんとか首の皮一枚繋がって、リジェクトはされなかったので、現在査読対応中です。

これが採択されればかなりDC1に近づくと思います。受賞歴などはないので、かなりギリギリの戦いになると思いますが、最後まで諦めず頑張りたいと思っています。

このDC1に採択されれば、月々安定した収入が入ってくるため、安心です。

このブログでもたびたび述べていますが、やはり、定期的な収入は心の余裕にもつながります。

のびのびと研究を進めるためにも、なんとか採択をもぎ取りたいと考えています。

やらない後悔より、やる後悔

自分が研究者として生きていきたいという気持ちや、実際に業績が積み重なってきたことで、博士進学に対しての不安は払拭されてきましたが、最後に残る懸念が、「博士進学はかなり少数派である」という点です。

鼻から進学を決めている人にとっては、非常に粗末な不安だと感じられると思います。

しかし僕は、これまで常に多数派の意見に流されて、選択をしてきたせいか、少数派の選択をすることに不安を覚えてしまっていました。

友人で博士課程に進学する人は一人もいません。

本当にこの選択で大丈夫だろうか…と、考えてしまっていました。

そんな粗末な悩みを抱えていた時、良い書籍と出会えたので紹介します。

喜多川湊さんの「上京物語」という本です。

この中でとくに印象的だったフレーズがこちら。

幸せは他人との比較で決まるものではない、自分自身で決めるもの

他人となんて比べなくても、昨日の自分より一歩でも前進しようと努力している時、人は幸せに感じるようにできている。

自分のことを自分で決めるなんてのは当たり前のことだと思いますが、そうはいいつつ、周りに流されている自分がいたことに気がつきました。

周りがこうしているからこうしようではなく、自分が狂おしいほどの情熱を持って取り組める選択をするべきなんですね。

僕の場合、就職ではなく、進学して今の研究をより深く突き詰める方にワクワクしている自分がいることに気がつきました。それに気がついた時点で進学を決めました。

 

もし仮に3年間がんばって、もし、研究者として生きていくのは無理だとなっても、その挑戦には価値があると思っています。

進学して本気で研究と向き合わなけば、わからなかったことです。

進学しなかったら、「あのとき進学していればカッコいい博士になれたかなぁ」と腫れ物を抱えて生きることになるでしょう。

やらない後悔より、やって後悔。

 

最後に

2020年も明日で終わりです。

今年は、自分がなにをしたいのか、どうなりたいのか、本当にたくさん考え悩んだ年でした。

結果的に僕は博士進学を選びました。

これからどうなるかはわかりませんが、僕にできることは選んだ選択肢の中でベストを尽くすことだけです。

2021年も、研究にお金の勉強(←このブログのメインコンテンツはむしろこっちのはずですが….)にがんばっていきましょう。

それでは良いお年を!